わた☆あめ 脳内読書会

読書ブログです。ヨーロッパより帰国しました(コロナのばか~!)

最後の秘境は個人の物語の中に:『ロビンソン・クルーソーを探して』

著者は「物語を旅する」探検家。ほかに浦島太郎や、平安時代に剱岳に登った人物についての本を書かれている。どれも面白そうだ。

 

無人島サバイバルの元祖・ロビンソン・クルーソーには実在のモデルがいたらしい。その人、アレクサンダー・セルカークは18世紀のスコットランド人。ロビンソン・クルーソーは有名だが、セルカーク自身は忘れられた存在で多くの資料は散逸している。
著者は故郷のスコットランドの片田舎からチリのロビンソン・クルーソー島までセルカークの軌跡を辿る旅をするのだが、すでに忘れらた人物なので、あると思った資料がなかったり聞きたいことが聞けずに無駄骨を折ったり。著者が満足した答えを得てるまで10年の年月がかかった。
答えとは、セルカークが暮らした場所をロビンソン・クルーソー島で特定することだ。

 

ロビンソン・クルーソー島はもともとはマサティエラ島といって当時は行き交う船が水の補給に立ち寄る島のひとつだったらしい。ロビンソン・クルーソーの物語で一躍注目を集め島の名前まで改名している。
そんな島だからさそかしロビンソン・クルーソーのゆかりの地が保存されていると思いきや、そんなことはないらしい。チリの政府が「ロビンソンが暮らした洞窟」と銘打つ場所はあるのだが、セルカークの話とは特徴が一致しないらしい。

 

セルカークはスコットランドの皮なめし職人の子として生まれたが、単調な生活がまったく肌に合わなかったようで、教会と揉め事を起こして出奔。当時、冒険といえば海だ。セルカークも海を荒らしまわっていた私掠船に乗り込む。
そのセルカークがなぜチリの無人島で暮らすことになったかというと、なんと船長と喧嘩をして島に置いて行かれたらしい。出航直前に彼は涙ながらに船長に謝るのだが聞き入れられず、船に乗せてもらえなかった。半ば死刑宣告のようなものだ。

 

セルカークは約4年、マサティエラ島で自給自足の生活を送った後、通りかかったイギリス私掠船に奇跡的に助けられイギリスに帰国する。イギリスに戻ってからの記録は飛び飛びだが、故郷の町では洞窟に暮らしたりとかなりの変人ぶりを発揮。そうしてまた船に乗り込み、海上で流行病にかかり命を落とす。

 

著者はセルカークの居住地を特定するため1ヶ月間ロビンソン・クルーソー島の森の中で暮らす。その時はこれといった成果は得られなかったのだが、自然の中で暮らす著者の視点が瑞々しく読むのが楽しい。
バッタを餌にアジを釣り上げ、アジの必死の抵抗に心を打たれること。ハチドリと共に雨宿りをした時のこと。生き物への敬意、それを著者は誰かに伝えたいと思う。

 

しかし、ここには誰もいないのだ。

 

森は静かで、生まれた時からそうであったように悠然としていた。


セルカークの故郷・スコットランドではスコットランド国立博物館の学芸員と友情を結び、彼がふと漏らした「スコットランド人が家を建てるとしたら、やっぱり石ですよ」という一言が、島を去ってから10年後、とうとうセルカークの家を探し出す大きな手掛かりとなる。
牛が迷い込んだ森の奥にその石垣はひっそりと残っていた。


個人的な物語こそが最後の秘境であることを実感する一冊。

 

 

 

 

『ロビンソン・クルーソーを探して』の感想、レビュー(あられさんの書評)【本が好き!】

 

 

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