二重の「家」を暮らす妻:【Amazon Prime Rading】山本周五郎作品集二『その木戸を通って』ほか
わた:時代物の怪奇短編アンソロジーでは必ずといっていいほど収録される『その木戸を通って』。
あめ:城代の娘との結婚を控えた正四郎の家にある日、見知らぬ娘が尋ねてくる。
わた:その娘は自分の名前すら憶えていなくてなぜ自分が平松正四郎という名前を知っていたのかも分からない・・。
あめ:行き場のない哀れさもあってか正四郎の家人たちにも不思議と気に入られて、そのまま家に住み続け、やがては正四郎の妻になるのだけど。
わた:ある夜、ふさは以前の記憶を思い出しかけて・・・。
あめ:この小説の不気味さの特異なところって、記憶の断片が家の間取りでよみがえるってところだと思うのよ。
わた:『お寝間から、こちらに出て、ここが廊下になっていてーー廊下のここに、杉戸があって』
あめ:人の名前や出来事じゃなくて「家の間取り」。ちょっと変わった思い出し方。
わた:でもそれを耳にした正四郎も、その見らぬ家を一緒に想像することができるじゃない? 廊下があって、その奥に杉戸があってーーって・・・それは一体どこなんだ? 人に対する記憶は耳にしてもまったく像を結ばないけど、家の間取りはかなりリアルに想像できるよね。
あめ:恐怖に立体感があるというか、肌触りがあるよね。
わた:『これが笹の道でーーそしてこの向こうに、木戸があってーー』
あめ:自分が見えないものを目の前の人が見ている。その中を歩いている。
わた:読み手も「笹の道の先には木戸があってーー」ってリアルに追体験できる。
あめ:本当によくできた物語だなぁ。
わた:ふさが姿を消した時、どんな場所を思い出してたのだろうね。
あめ:どんな場所を通って、行ってしまったのだろうね。
わた:この短編集には他に『菊千代抄』、『ちゃん』を収録。
あめ:『菊千代抄』はその家のしきたりで男子が生まれるまで男として育てられた姫様の話。
わた:『オーランドー』(ヴァージニア・ウルフ)のように性別を軽やかに行き来する話であれば痛快で面白いのだけど。
あめ:菊千代は意識は男、体は女に引き裂かれてしまう。
わた:その荒れた菊千代を救ったのは幼いころから彼女を見守ってきた幼馴染み。
あめ:一人の人を幸せにするということは一生を捧げるに足ること、と思わされる作品です。
Amazon Prime Reading対象品です。
本が好き!にも書評を書きました。
参加しています。